日本史跡研究会 日々の徒然~埋もれた歴史を訪ねて~

日本各地の埋もれた史跡などをご紹介致します。また、日本史跡研究会の活動についてもご紹介しております。

台風19号被害は甚大なり ~歴史を学ぶことの大切さ~

 

 令和元年10月12日未明から日本列島に襲来した過去最大級の大型台風19号。

 

 夜が明け、列島に甚大な被害をもたらしたことが徐々に明らかとなった。

 

 信濃国では千曲川が各所で氾濫し、東御市では橋が倒壊し、上田では上田城下に迫る濁流、さらに長野市では新幹線が水没するという被害が発生している。

 復旧には相応の時間と費用が見込まれるであろう。

 

 こういった被害を受けた地を訪れたことがある人で歴史に興味がある方ならならば、前代未聞とは思わないのであるが…マスコミは前代未聞の被害と報道している。

 日本史上、河川の氾濫などの自然災害は数多く知られているはずなのに、文明が発達した今日では堤防が決壊することは想定外であるのだろう。

 

 しかしながら、どの時代であっても自然災害に対する人々の畏怖は変わることはないし、被害から必ず復興してきたことは事実である。

 

 歴史を学ぶことで、自然災害が発生した場所を知り得るし、どのようにして災害から立ち直ったのかを学ぶことが出来る。

 そして、先人たちが如何に考え、その地を治めていたのかを知ることで、防災に結びつけることが可能なのである。

 

 現在学んでいる考古学という学問は、災害復興の痕跡も発掘調査から確認され、今後の災害に対する備えを考えるという意味もあり、注目すべき学問なのである。

 総じて、歴史学=歴史を学ぶことはかつての災害を知り、今住んでいる地域がどのような場所であったのかを知るものなのである。

 

 話を戻そう。今回台風被害があった地はどうだったのであろう?

 

 千曲川流域は肥沃な地として知られるが、暴れ川であった千曲川が流域に肥沃な土壌を形成したことに起因する。

 そんな暴れ川を為政者はあらゆる手段を用いて肥沃な土地へと変貌させたのである。そして人々は暴れ川であることを知っていたからこそ、川に近い場所には住むことは無かった。

 山は整備し、水分を吸収する木々を植えることで降雨時に川に降り注ぐ水の軽減を図った。

 

 今では堤防を高くすることで、川の間近まで居住域は広がっている。またダムを建設することで流水量を調整して治水政策と言っている。

 

 その結果は…堤防決壊(かつては流域の人々は堤防を守ることを領主に課されていたことも歴史の事実である)。ダムは一時的に貯水は可能であるが、満水になれば下流域に放水し、下流域に甚大な被害をもたらすこともある。

 

 つまりは、安全だと現代の人々は過信しているだけで、根本的な治水対策はなされていないに等しいのである。

 

 災害が多発している現在、見直されるべき政策は山を整備し、植林することではないだろうか?

 木々が根を張れば、治水対策・土砂災害対策になることをかつての人々は知っていたのである。

 文明が発展し、住みやすくなった現在。我々が忘れてしまったことに防災などさまざまな生活の知恵が隠されているのである。