【 保屋野ヶ原古戦場跡 】
所在地: 上田市保野
天文17年(1548)、武田晴信と村上義清は上田原で合戦に及んだ。「上田原合
戦」は武田家重臣である板垣駿河守信方、甘利備前守虎泰が討死したあまりにも著名な
戦いであろう。
そんな「上田原合戦」の最中、上田市保野でも武田勢と村上勢の小競り合いがあった
ものと地元史談会が推定している。
『甲陽軍鑑』、『勝山記(妙法寺記)』、『高白斎記』に保屋野ヶ原での戦闘に関す
る記載は見られないことから、その根拠がどこから派生したのかは定かではない。
一本右折する場所を間違えたおかげで、この支柱を発見することができた。
インターネット上でも「保屋野ヶ原古戦場跡」に関するものは見られない。
(参考資料)
現地案内板