【 杵築神社 】
所在地: 生駒郡安堵町大字窪田424
佐保川と大和川に挟まれた窪田は、かつて「吐田、窪田は水つきどころ。嫁にやって
も、荷はやるな」と言われたほど、大和川の堤防決壊が頻発する地でした。窪田の一番
低い場所で海抜38mであり、大和川の方が高い位置を流れています。
窪田には2つの杵築神社が存在し、今回紹介するのは「中窪田の杵築神社」と地元で
は呼ばれています。
明治15年(1882)の「平群郡窪田村村誌」によれば、「村社社地東西廿間三尺
南北廿二間三尺面積四百六十一坪本村社ノ未方ニアリ、素戔嗚命ヲ祭ル。祭日旧九月十
九日」と記され、明治25年(1892)の「神社明細帳」には、「村社須賀神社」と
記されている。
江戸時代より窪田村の惣氏神として信仰を集めており、大正5年(1916)の「神
社調査帳」には由緒として、「寿永二年(1183)四月卯日。繁田郷ヨリ蘇武ノ郷ヘ
御移座」とあり、もともと繫田郷=磯城郡川西町大字吐田の地にあった神社を蘇武ノ郷
=窪田に移座したとされる。
昭和35年(1960)、大和川の改修に伴い、現在地に移座している。
本殿は文化年間(1804~1818)、春日大社若宮旧本殿を拝領したものとい
う。
古都奈良ではどの地域を踏査していても由緒ある神社に巡り合うものである。安堵町
を歩いたのは何年前になるのだろうか?
今春、コロナ禍も五類となり踏査もしやすくなるだろう。今夏のスクーリング講義受
講前日には、気兼ねなく古都奈良の地を踏査したいものである。
(参考資料)
現地案内板