【 西光山 宥勝寺 】
所在地: 本庄市栗崎155
真言宗智山派に属し、京都智積院の末寺で、不動明王を本尊とする古刹。
関東八十八ヶ所霊場第八十六番札所、児玉三十三霊場第十九番札所、彩の国武州十二
寺伝によれば、寿永3年(1184)、一の谷の合戦で戦死した有道宿弥武承惟行五
世の孫で児玉党旗頭・有荘太郎家永の嫡子である小太郎頼家の菩提を弔うため、建仁2
年(1202)、その妻が法印良運を京より迎えて開山として一寺を建立。有荘寺と号
し、自らも得度して妙清禅尼となったという。
それ以前、有道惟行は沙門空海巡礼の折りに、浅見山に一寺を建立し、阿弥陀如来を
安置し、西光寺と号していたとされる。
延年2年(1337)、新田氏VS足利氏の争いの兵火🔥によって焼失し、さらに天
文6年(1537)、後北条氏と上杉氏の浅見山の戦いの戦火によって堂宇は再び焼失
し無住の寺と化している。
その後、荒廃した寺院を惜しみ、紀州根来寺より頼暁和尚を招き、天文24年(15
55)、西光寺と有荘寺を合併して一寺とし、西光山無量寿院宥勝寺と改称した上で再
興された。
宥勝寺は末寺十数ヶ寺を有する名刹となり、慶安元年(1648)、良弁僧都の時、
境内に「荘小太郎頼家の墓」があることから訪れたのであるが・・・、御朱印貰いそ
びれてしまいました💦
また「本庄早稲田の杜ミュージアム」には行く機会はあるでしょうから、その際に再
訪したいと思いますm(__)m
(参考資料)
現地案内板