日本史跡研究会 日々の徒然~埋もれた歴史を訪ねて~

日本各地の埋もれた史跡などをご紹介致します。また、日本史跡研究会の活動についてもご紹介しております。

行田足袋(埼玉県行田市)

 

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 江戸時代前期より行田市では足袋づくりが開始され、周辺地域で綿栽培や青縞生産が盛んであり原料の入手が容易であったことから地場産業として発展した。

 

 明和2年(1765)の道中案内には「忍のさし足袋名産なり」と記されるほどとなり、江戸時代中期以降はさらに足袋づくりが隆盛します。

 

 明治時代、明治政府の殖産興業策によって海外からミシンを導入したことで機械化、工場での分業生産による生産化の近代化に成功。地場産業から近代産業へと脱皮発展しました。

 

 昭和13年(1938)には最盛期を迎え、行田には約200社の足袋商店が操業。年間約8,500万足の足袋を生産し、全国シェア約80%の足袋を生産する日本一の足袋のまちになりました。

 

 しかしながら、第二次世界大戦後の昭和30年前後を境にナイロン靴下の普及、洋装化が急激に進行し💦足袋の生産量は減少。

 足袋商店の多くが廃業もしくは被服生産などに転換していきました💦

 

 近年になると賃金の高騰💦職人の高齢化💦施設の老朽化💦などから足袋生産拠点を市街・海外へと移すケースが目立つようになり、現在では約20社余が足袋生産・販売に携わり、年間約141万足、全国シェア約35%を行田で生産しています。

 

 

 写真の足袋・・・、「足袋とくらしの博物館」で購入したものです。こちらは別途ブログでご紹介することにします。

 

 落語家の昇太師匠、山城に登る際に足袋を履いているようですねぇ。足袋は日本の伝統。これからも大切にしたいものですね。