【 吉水陣屋跡 】 評価 ★
別 名: 吉水城・舘野城
築城年代: 元和2年(1616)
築 城 者: 本多正純
区 分: 陣 屋
現 状: 新吉水第一公園
元和2年(1616)、小山城主・本多正純は佐野周辺で2万2千石を加増され、旧
興聖寺城二の丸跡に出張陣屋として「吉水陣屋」を構えている。
地元の蓼沼家には元文年間(1736~1741)作成と推定される絵図が伝わって
おり、元和頃の様子を描いたものである。絵図の中には北二の丸・南二の丸と書き込み
があり、ここが吉水陣屋地とされる。二重の堀に囲まれた陣屋内には矢倉が二箇所ある
ほか、大手枡形や横矢を駆使した土塁線が巡らされていたことが読み取れる。
正純は元和5年(1619)、宇都宮に移封され、元和8年(1622)、俗に言う
宇都宮吊り天井事件で改易される。
「吉水陣屋」も正純改易とともに廃されたとする説、宇都宮移封に伴い廃されたとす
る説があり、この時期の正純の領国支配に関して不明な点が多い。
しかしながら、正純は父である本多正信の遺訓を守り、過度な出世や加増を固辞して
いた清廉潔白な人物であり、事件に関しては俗説であり正純の出世を妬んだ土井利勝ら
による陰謀で失脚したというのが真相である。
陣屋遺構に関しては、土塁と推察される築山が残るが判然としない。
ここを訪れたのは北関東自動車道建設以前であったのだから、数十年ぶりになるのだ
ろうか。記録はあるが記憶にございません💦💦
「道の駅 どまんなかたぬま」からも程近く歩いて訪れても良さそうだ。近隣には「興
聖寺城跡」や「藤原秀郷墳墓」もあるので散策には良い地であろう。
(参考資料)
改訂増補 近世栃木の城と陣屋 随想舎 杉浦昭博