日本史跡研究会 日々の徒然~埋もれた歴史を訪ねて~

日本各地の埋もれた史跡などをご紹介致します。また、日本史跡研究会の活動についてもご紹介しております。

遠山邸(埼玉県比企郡川島町)

 

  【 遠山邸 】

 

   所在地:      比企郡川島町白井沼675

   休館日:  月曜日(祝祭日の場合、翌日休館) 年末年始

   入館料: 大人 ¥800 学生 ¥600 中学生以下は無料

        ※ 特別展の場合 大人 ¥1000 学生 ¥800   

 

 

 日興証券(現・SMBC日興証券)の創始者である遠山元一が幼い頃に手放した川島

町の生家を再興し、苦労した母・美以の住まいとするため、昭和8年(1933)、総

監督を元一の弟である芳雄、設計を建築家・室岡惣七が務め、大工棟梁・中村清次郎の

もと、当時の最高の建築技術と、全国から集めた銘木を使用して、2年7ヶ月の歳月を

費やして建造された。

 

 昭和11年(1936)4月に竣工。美以の没後は主として元一の接客に使用され、

昭和43年(1968)、邸宅の保存と元一が長年にわたり蒐集した美術品を広く一般

に公開することを目的に財団法人認可を受けた。

 

 昭和45年(1970)、財団法人遠山記念館として開館し、平成25年(201

3)には公益財団法人の認可を受けています。

 

 

 邸宅は、かつて梅屋敷と呼ばれた豪農の趣を受け継ぐ、茅葺欅造の東棟。伝統的な書

院造で造られ、貴賓の来客を接待した中棟。客間3部屋と仏間からなる母・美以のため

の建物で茶室建築の意匠を取り込んだ数寄屋造の西棟から成る。

 

 

 

 邸宅内の要所要所に見事な意匠が見て取れる。庭園も見事ですから、邸内はゆっくり

時間をかけて散策するのがお薦めです(^^♪

 

 また併設されている美術館は、昭和45年(1970)、名建築家・今井兼次による

もので、元一の蒐集品が展示されています。日本東洋の古美術、世界各地の染織品など

多彩なコレクションであり、鎌倉時代の【秋野蒔絵手箱】、【布晒舞図】など6点が国

重要文化財に指定されています。

 

 

 以前は長閑な田園風景の中に広大な邸宅がある感がありましたが・・・、圏央道開通

によって訪れやすくなりました。是非訪れてもらいたい場所の1つです(^^♪

 

 (参考資料)

   現地配付パンフレット

   現地案内板

今日はのんびりしよう💦💦

 

 日々仕事に学びに邁進しているので、たまにはのんびりしようかな💦💦

 

 やることは相も変わらず多いけれど・・・、本当に身体が精神が悲鳴を上げる前に休息を取ることも必要!!

 

 今日からWBCに向けて、大谷くんを始めとしたメジャーリーガーも試合に参加する

しね(^^♪ 阪神との一戦やし、要チェックやぁ!!

 

 そんな時には勉強にも集中できないから、集中しなくても👌な作業だけに今夜は向き

合いたいと思います。

 

 えっ、のんびりしていないって? 何もしないってのは勿体ないって考えてしまう性

分なんで💦💦

 

 ま、今夜は出たとこ勝負。何かするかもしれないし、何もしないかもしれない。そん

な時を過ごしたいと思いますm(__)m

在宅特別スクーリング『文化財学演習Ⅱ』果たして合否は💦

 

 担当教授は尊敬・敬愛する城郭考古学の第一人者・千田嘉博教授ということで受講に

は葛藤もあったのだが、「卒業」の二文字を優先させ、不本意ながら受講した在宅特別

スクーリング『文化財学演習Ⅱ』。

 

 奈良大学通信教育部より結果が返却されました。果たして結果は如何に?

 

 

 80点「優」評価。合格であります(^^♪

 

 今回、某が気にしていたのは合否・・・ではなく💦卒業論文計画書への評価。

 

 卒業論文は既に合格しており、今後検討しようと考えている計画書を提出したのです

が。ちなみにテーマは「近年の文化財保護の危うさ ~観光主眼の活用への苦言と提案」

と銘打ちました。

 

 卒業論文を基壇とするならば、今回選択したテーマの主眼は、文化財の観光活用への

提言って感じかな。観光への文化財活用に重きを置いた現在の取り組みが散見されるの

で、大阪府高槻市「安満遺跡」の事例をはじめとして論考しようと報告書にまとめたの

ですが・・・。

 

 講評は、「近年の一連の関連法規の改正を危ういものとの立場なんですね。研究には

学術的批判が必要ですが、先入観になってしまうのは視野を狭める恐れもありますよ!

注目すべき活用事例が真に注目すべき事例であるか?テーマを論じるのに必要な実証例

になっているか?研究を進めて行く中で吟味してね」とのこと。

 

 う~ん。考えさせられますねぇ。御教示を今後の論文執筆に活かさなければ。

 

 そのためには、先ず書いてみるのも必要なこと。その上で多種多様な考えを見聞きし

てより良いものにしていく。まだまだ浅学の身であり、論文を書くこと自体に慣れてい

ないので、これからも精進しなければなりませんわ(+_+)

 

 まぁ、何はともあれ、卒業に必要な2単位は確保。残る単位は8単位。卒業に向けて

ひとまず11日(土)に迫った『美術史概論』在宅特別科目習得試験に全力を傾けます

(^^♪

令和5年度 群馬県立歴史博物館 春の特別収蔵品展「安中藩の名奉行」が開催されます!

 

 

 群馬県立歴史博物館では、令和5年(2023)4月15日(土)~6月4日(日)

令和5年度 春の特別収蔵品展「安中藩の名奉行」を開催します。

 

 江戸時代後期、名君の誉れ高い安中藩主・板倉勝明の元で遠足(現在の安政遠足侍マ

ラソン)が実施され、『甘雨亭叢書』が刊行された。

 

 そのような安中藩で郡奉行などを務めた猪狩家伝来の資料を通じ、安中藩の奉行の実

態とその時代について迫った特別展となります!!

 

 5月14日(日)には関連行事として、講演会「安中藩主板倉勝明と『藩政改革』」

群馬県文化財保護課・小嶋圭氏を講師に迎え開催されます。

 

 また、「安中市ふるさと学習館」でも同期間、猪狩家伝来の古文書が展示されます

(^^♪

 

 

 お恥ずかしながら・・・安中藩郡奉行・猪狩家について知識は全くありません💦💦

本特別展で事績について習得したいと思います(^^♪  乞うご期待!!

上庄司原1号古墳(群馬県前橋市)

 

  【 上庄司原1号古墳 】

 

           所在地: 前橋市富士見町横室279

 

 

 昭和10年(1935)、群馬県下に所在する古墳の一斉調査で、旧富士見村で29

基の古墳が確認され、昭和13年(1938)刊行された『上毛古墳総攬』では富士見

村1号墳から29号墳として記載されている。「上庄司原1号古墳」は総攬で富士見村

8号墳と記載されています。

 

 昭和29年(1954)に刊行された『富士見村誌』には、戦争を経て多くの古墳が

平夷されたが、昭和26年(1951)から実施された調査で多くの記載漏れが指摘さ

れており、少なくとも村内に90基以上の古墳が存在していたとしている。

 

 平成元年(1989)、県営圃場整備事業に伴う発掘調査が実施され、古墳7基、方

形周溝墓5基が検出された。当初は記録保存(発掘調査報告書の刊行のみ)される予定

であったが、残存状態の良い「上庄司原1号古墳」が現地保存されることとなった。

 

 

 

 「上庄司原1号古墳」は、法華沢川を望む台地の崖端に築造された直径約24m(墓

前祭祀を行ったと思われる約14mの基壇状の前庭部含む)の円墳で、周囲には一部を

除き周溝が確認されている。また墳丘上には葺石も確認されています。

 

 埋葬施設は輝石安山岩を用いた自然石乱石積みの両袖型横穴式石室である。石室長約

6.6m、玄室長約3.3m、玄室中幅約2.2m。羨道長約3.2m、羨道幅約1.0m。

 

 玄室内からは耳環や太刀、鉄鏃、馬具等が出土し、人骨や歯も残存していました。ま

た前庭部とその周辺からは須恵器の甕、土師器の杯などが出土しており、遺物から6世

紀末葉から7世紀初頭の築造と推定されています。

 

 

 横室古墳公園として整備されており、初心者も訪れやすい古墳です。地域の歴史を今

に伝える文化遺産を活用してもらいたいと思います(^^♪

 

 (参考資料)

   群馬県古墳総覧    群馬県教育委員会

   現地案内板 

井出北畑遺跡(群馬県高崎市)

 

  【 井出北畑遺跡 】

 

            所在地: 高崎市井出町字北畑  上毛野はにわの里公園内

 

 

 保渡田古墳群の「井出二子山古墳」の前方部の西側、東谷川崖際に所在し、平成9年

(1997)、土地改良事業に伴う発掘調査が実施され、極小石槨墓10基や土壙墓1

基、円筒埴輪棺墓2基、帆立貝形古墳や円墳10基を検出しました。

 

 榛名山噴火による火山灰堆積(榛名ニッ岳渋川テフラ Hr-FA、榛名ニッ岳伊香保

テフラ  Hr-FP)の層位から、6世紀初頭の榛名山噴火以前に築造されたものと以後

に築造されたものがあり、墳丘規模・形状・伴う埴輪の数や種類に差異があることが判

明した。この差異から、井出二子山古墳埋葬者に仕えていた人々の間に階層差があった

と推察されている。

 

 また極小石槨墓や土壙墓、円筒埴輪棺墓のように墳丘をもたず、川崖際に造られてい

るものは、より低い階層であったと想定され、埋葬空間が80㎝程度であることから子

供の墓であるとの説、あるいは再葬墓であるとの説がある。

 

 極小石槨墓は角閃石安山岩で造られており、榛名ニッ岳噴火後の6世紀のものとさ

れ、現在は上毛野はにわの里公園内に移築保存されている。

 

 

 見事に復元された「保渡田八幡塚古墳」を見学する方は多いが、移築保存されている

「井出北畑遺跡」極小石槨墓をじっくり見学された方は少ないのではないだろうか💦

 

 この極小石槨墓は古墳時代の階層社会の存在を物語るものであり、保渡田古墳群を考

察する上で重要な遺跡であるので、散策がてらチラッとでも良いので気に留めてもらい

たいものである。

 

 (参考資料)

    現地案内板

奈良学友会関東支部 神奈川ブロック見学会の御案内!!

 

 さて、奈良学友会関東支部 神奈川ブロック主催で見学会が実施されることになりまし

たので、ご案内致しますm(__)m

 

 気になる内容ですが・・・、「三殿台遺跡と弘明寺を巡る」

 

 見学会は令和5年4月30日(日)雨天決行で、横浜市営地下鉄ブルーライン)横

浜駅から湘南台方面、蒔田駅3番出口より徒歩3分「蒔田の森公園」に13:00集合

 

 そこから「三殿台遺跡」および「弘明寺」を巡り(所要時間3時間半 約4㌔)、弘明

寺駅解散となります。

 

 参加費用は拝観料・資料代含めて¥1000。

 

 参加申し込み等、詳細は奈良学友会ホームページをご覧くださいm(__)m

 

sites.google.com

 

 ※ 3/1(水)現在、詳細に関しては触れられていませんが・・・、申込先に関して

   は個人情報にあたる為、本ブログでは公開を控えますm(__)m