日本史跡研究会 日々の徒然~埋もれた歴史を訪ねて~

日本各地の埋もれた史跡などをご紹介致します。また、日本史跡研究会の活動についてもご紹介しております。

群馬県の史跡

防空監視哨跡(群馬県吾妻郡長野原町)

【 防空監視哨跡 】 所在地: 吾妻郡長野原町大字大津字上馬込 昭和16年(1941)、アメリカとの太平洋戦争が始まると、対空監視強化のため に防空監視隊令が公布された。 群馬県でも防空計画を策定し、監視総本部を県庁に、防空監視隊本部を前橋・高崎…

川原畑諏訪神社の宝篋印塔(群馬県吾妻郡長野原町)

【 川原畑諏訪神社の宝篋印塔 】 所在地: 吾妻郡長野原町大字川原畑 文政12年(1829)10月、供養塔として川原畑村中の人々によって建立され た。 信州高遠の石工・久保田賢次郎賢次郎等の手による安山岩製の宝篋印塔である。 高遠石工の作は細かい…

勘場木石器時代住居跡

【 勘場木石器時代住居跡 】 所在地: 吾妻郡長野原町大字大津 昭和28年(1953)、地主の塩野氏が田圃の造成中に偶然発見された縄文時代中 期の住居跡である。 昭和29年(1954)、発掘調査が実施され、直径約4.5mのほぼ円形の竪穴住居 が検出…

旧岩氷小学校校庭のユリノキ(群馬県高崎市)

【 旧岩氷小学校校庭のユリノキ 】 所在地: 高崎市倉渕町岩氷432 ユリノキは北米原産の落葉高木であり、日本には明治初期に渡来した。 旧岩氷小学校の記念樹として植樹されたもので、長く地域を見守ってきた。 目通り周3.67m。樹高30m。 「旧岩氷…

西間野猿落しの磨崖碑(群馬県高崎市)

【 西間野猿落しの磨崖碑 】 所在地: 高崎市上里見町字西間野 信州へと通じる草津街道のこの辺りは、猿落し、あるいは暗がりなどと呼ばれた交通 の要衝であり、人馬の通行は極めて難儀であった。 文化6年(1809)、官許を得た篤志家が旧道の上方に平坦…

郷原の妙義道常夜燈(群馬県安中市)

【 郷原の妙義道常夜燈 】 所在地: 安中市郷原字酒盛山 文化5年(1808)、地元碓氷郡郷原村(現在の安中市郷原)を中心とした妙義講 の人々が、原市村(現在の安中市原市)に仮住まいしていた信州伊那郡手良郷野口村向 山民吉という石工に建立させたも…

坂本北裏遺跡環状列石(群馬県安中市)

【 坂本北裏遺跡環状列石 】 所在地: 安中市松井田町坂本字北裏 碓井峠の森公園交流館「峠の湯」敷地内に復元整備 平成9年(1997)11月から平成10年(1998)2月にかけて、碓井峠くつ ろぎの郷公園整備事業に伴う発掘調査が実施され(安中市松…

中島の薬師如来(群馬県みどり市)

【 中島の薬師如来 】 所在地: みどり市笠懸町西鹿田字中島 光背部上部が欠損しているが、像高46㎝、顔の長さ12㎝、顔の幅10㎝、肩張2 5㎝、肘張30㎝、膝張45㎝、総奥18㎝、像の厚さ7㎝の法量で、安山岩製の薬師 如来像である。 形状は舟形…

磯貝雲峰の碑(群馬県安中市)

【 磯貝雲峰の碑 】 所在地: 安中市松井田町下増田203 磯貝雲峰は慶応元年(1865)、九十九村下増田百石(現在の安中市松井田町下増田)の内田仁八郎、ムラの三男として生まれ、名は由太郎という。14歳のとき、郷原にある母・ムラの生家の養子に迎…

郷原自性寺の宝篋印塔(群馬県安中市)

【 郷原自性寺の宝篋印塔 】 所在地: 安中市郷原2803 自性寺境内 郷原自性寺山門脇に2基の宝篋印塔がある。 宝篋印塔は墓塔や供養塔として造られた石造物であり、大きく関東式・関西式に分類 される。 自性寺の宝篋印塔は関東式であり、相輪・笠・塔身…

深沢遺跡配石遺構(群馬県利根郡みなかみ町)

【 深沢遺跡配石遺構 】 所在地: 利根郡みなかみ町月夜野1814-1 昭和55年(1980)、上越新幹線建設に伴う埋蔵文化財発掘調査で、現在遺構が移築復元されている地より北1㌔程にある深沢遺跡で出土した遺構である。 縄文時代後期の集団墓地の跡…

台所山古墳の箱式石棺(群馬県伊勢崎市)

【 台所山古墳の箱式石棺 】 所在地: 伊勢崎市西久保町2-98 伊勢崎市赤堀歴史民俗資料館 昭和43年(1968)、伊勢崎市波志江町の宅地建設に伴う発掘調査の際に偶然出土した石棺である。 台所山古墳は当時墳丘は失われていたが、直径15mの5世紀…

梨の木平敷石住居跡(群馬県利根郡みなかみ町)

【 梨の木平敷石住居跡 】 所在地: 利根郡みなかみ町月夜野薮田1805-6地先 「梨の木平敷石住居跡」はJR上越新幹線・上毛高原駅から東に400m、諏訪沢に面した大地の端の崖上、標高425mの位置にある。 昭和51年(1976)、県道建設に伴う…

谷地遺跡C地点 配石遺構(群馬県藤岡市)

【 谷地遺跡C地点 配石遺構 】 所在地:藤岡市中栗須813-1 公立藤岡総合病院附属外来センター敷地東端部 平成28年(2016)、公立藤岡総合病院附属外来センター建設に先立って発掘調査が実施され、約5,500㎡が調査されました。 谷地遺跡は縄…

西鹿田中島遺跡(群馬県みどり市)

【 西鹿田中島遺跡 】 所在地: みどり市笠懸町西鹿田882-1外 大間々扇状地の西側・桐原面を南北に縦断して利根川に注ぐ早川の右岸、東方の小高い丘陵西側にのびた古渡良瀬川旧河道を流れる小さな河川の合流点を臨む南北方向に細長く伸びた舌状大地の先…

湯沢のお地蔵さま(群馬県高崎市)

【 湯沢のお地蔵さま 】 所在地: 高崎市上豊岡町 平成28年(2016)、高崎市では各町に2~3ヶ所、名所旧跡案内板が設置されました(183ヶ所に設置)。 「湯沢のお地蔵さま」もそのうちの1つ。 左側の「石造地蔵菩薩立像」は、宝暦3年(1753…

万福寺の宝塔(群馬県高崎市)

【 万福寺の宝塔 】 所在地: 高崎市箕郷町下芝230 下柴山竜学院万福寺墓地内にある赤城型の宝塔である。 総高は145㎝で、基礎部に「并諸檀那奉逆修応永廿八年拾月」と刻まされている。 詳細な資料を持ち合わせていないが、応永28年(1421)10…

善龍寺の内藤塚(群馬県高崎市)

【 善龍寺の内藤塚 】 所在地: 高崎市箕郷町生原1418 箕輪城主・長野業政が施主となり、先代・長野信業の供養と笛吹峠(碓井峠)の戦いの戦没者慰霊のため、補陀寺の僧・顕山敬応上人を開山として創建されたのが善龍寺である。 弘治2年(1556)、…

百々万遍供養塔(群馬県北群馬郡榛東村)

【 百々万遍供養塔 】 所在地: 北群馬郡榛東村長岡 文化6年(1809)、江戸日本橋の商人をはじめ地方有力者の賛助を得て、行者仏任が恩師である吾妻郡川戸村(現在の東吾妻町川戸)善導寺・前住職瑞忍和尚の菩提と生家である豊田氏先祖代々の仏果・家内…

真政(実正)の渡し跡(群馬県前橋市)

【 真政(実正)の渡し跡 】 所在地: 前橋市小相木町 江戸時代、高崎城下の江木新田口から前橋を経て野州(現在の栃木県)方面に通じる前橋日光往還(通称:あずま道)があり、高崎藩の記録『無銘書』三十三には、「厩橋江三里寅卯ノ間道筋 江木、貝沢、井…

水沼弥生時代住居跡(群馬県高崎市)

【 水沼弥生時代住居跡 】 所在地: 高崎市倉渕町水沼字中郷1316-3 昭和19年(1944)1月、群馬大学(当時は群馬県師範学校)・尾崎喜左雄教授らによって発掘調査が開始され、昭和43年(1968)第七次調査まで行われています。 ※ 昭和19…

(伝)権田栗毛終焉の地(群馬県高崎市)

【(伝)権田栗毛終焉の地 】 所在地: 高崎市倉渕町三ノ倉町字土城谷戸甲1722 寿永3年(1184)、一ノ谷の合戦で勇名を馳せた熊谷次郎信実の乗馬が権田栗毛である。 余命幾ばくも無くなった権田栗毛を信実は生まれた土地である権田村で過ごさせるた…

楽間の宝塔(群馬県高崎市)

【 楽間の宝塔 】 所在地: 高崎市楽間町字石田570 井野家墓地内 三基の宝塔は、かつて付近の笹薮の中にあったとされる。 高さ1.6mほどで、いずれも塔身は短く、下部がすぼまった壺形である。 高崎市北西部および井野川流域に分布が限定される傾向に…

若田原遺跡群(群馬県高崎市)

【 若田原遺跡群 】 所在地: 高崎市若田町南下原544外 八幡霊園 昭和45年(1970)、八幡霊園造成に伴い発見され、昭和48年(1973)にかけて発掘調査が実施されている。 この調査で、縄文時代前期末から縄文時代後期初頭にかけての敷石住居2…

元ロシア人兵士の墓(群馬県高崎市)

【 元ロシア人兵士の墓 】 所在地: 高崎市若松町85-1 龍廣寺境内 明治6年(1873)、高崎城内に東京鎮台高崎分営第9大隊が設置され、高崎は軍都と称されるようになる。 明治17年(1884)、第1旅団所属第15連隊が新設され、明治27年(1…

村上鬼城の墓(群馬県高崎市)

【 村上鬼城の墓 】 所在地: 高崎市若松町49 龍廣寺境内 慶応元年(1865)7月20日、鳥取藩士・小原平之進の長子として江戸藩邸で生まれた。 明治維新によって鳥取藩江戸藩邸は廃されることとなったためであろう、幼年時代に高崎に移り住み、生涯を…

首塚(群馬県高崎市)

【 首塚 】 所在地: 高崎市新町1998-2 天正10年(1582)、本能寺の変が勃発したことで関東も大混乱となった。 北条氏政は混乱に乗じて上州を手中に収めようと鉢形城主・北条氏邦らに出陣を命じ、神流川に布陣した。 織田信長の配下で厩橋城主・…

春日社跡(群馬県高崎市)

【 春日社跡 】 所在地: 高崎市吉井町吉井字旧陣260 吉井陣屋の西南隅にかつて祀られていた春日神社の跡である。 吉井藩祖・奥平信平は、駿河大納言・徳川忠長の一子である長七郎長頼の忘れ形見と伝えられ、その後藤原氏の直系であり公家の名門・関白鷹…

仁治の碑(群馬県富岡市)

【 仁治の碑 】 所在地: 富岡市下高尾15 明治初期、近所の石橋に転用されていたものを、当時の県令・楫取素彦が現在地に移して保存しています。 石材は緑泥片岩で、高さ276cm、最大幅96cmであり、群馬県内では最大の板碑であり、武蔵型板碑とし…

日高遺跡(群馬県高崎市)

【 日高遺跡 】 所在地: 高崎市日高町・中尾町 昭和52年(1977)、関越自動車道建設に先立ち発掘調査が実施され、3世紀後半(古墳時代)の浅間山の大噴火によって降り積もった浅間C軽石(ASーC)に覆われた弥生時代後期(2~3世紀)の水田址・集落…